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最終更新時刻:17時11分

異種臓器の傷を同時に治す医療用シート-マクロファージを操作し治癒を促進-

2024/09/19  産業技術総合研究所(AIST) 

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発表・掲載日:2024/09/19

異種臓器の傷を同時に治す医療用シート

-マクロファージを操作し治癒を促進-

ポイント

  • 体内でリポソームを徐放するコラーゲンシートにより骨と筋肉の傷を同時に治癒
  • マクロファージの性質を炎症性から組織修復性にスイッチング
  • 術後の早期社会復帰に貢献の可能性

修飾コラーゲンシートによる骨-筋肉傷害の治癒促進
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門 戸井田 力 上級主任研究員、清水 勇気 研究員、清水 栄子 契約職員(研究当時)、出口 友則 主任研究員は、日本特殊陶業-産総研 ヘルスケア・マテリアル連携研究ラボ 北村 昌大 特定集中研究専門員(研究当時)、加藤 敦史 特定集中研究専門員(研究当時)、日本特殊陶業株式会社(以下「日本特殊陶業」という)、国立大学法人 九州大学大学院歯学研究院 土谷 享 助教(現:公立大学法人 北九州市立大学環境技術研究所 准教授)、国立研究開発法人 国立循環器病研究センター研究所 姜 貞勲 室長と共同で、骨と筋肉の修復を同時に促進する技術を開発しました。

外科手術や事故による骨と筋肉の傷害は頻繁に起こり、治癒の遅延や術後合併症などが問題となっています。従来の成長因子を基盤とした手法では骨と筋肉を同時に治癒することは困難でした。われわれは、新たに作製したコラーゲンシートにより、組織治癒を正負に制御しているマクロファージを操作することで、骨と筋肉の治癒が同時に促進されることを発見しました。これにより、術後の早期社会復帰の支援や異なる臓器の再生治療への応用が期待されます。

なお、この技術の詳細は、2024年8月17日に「Acta Biomaterialia」にオンライン掲載されました。


開発の社会的背景

骨と筋肉は解剖学的に近接しています。このため、人工股関節全置換術や骨腫瘍切除などの整形外科手術、事故による外傷は、骨の傷害だけでなく筋肉などの軟組織の傷害を必然的に伴います。その結果、両組織の治癒が遅れたり、しばしば臨床的合併症を起こしたりします。これは、傷害により組織の治癒に不可欠な骨と筋肉の間で行われる分泌因子を介したコミュニケーションが破綻するためと考えられています。また、近年では、両組織の傷害により慢性的な炎症が起こり、その結果として組織治癒が遅延することも報告されています。このため、骨と筋肉の傷害の治癒を同時に促進できる治療戦略のニーズがありました。これまで、主として成長因子を活用した再生治療の戦略が研究されてきました。しかしながら、この戦略は、骨あるいは筋肉の単一組織に対しては有効ですが、両方の組織を同時に治癒することは困難でした。

研究の経緯

産総研は、組織治癒や疾患の進展に関わるマクロファージの表現型を操作する技術を開発し、医療への応用に取り組んできました。その中で、ホスファチジルセリンリポソーム(PSL)が、M1型マクロファージに高い親和性を有すること、表現型を炎症性(M1型)から抗炎症性・組織治癒(M2型)にスイッチングすることを見いだしました。そして、床ずれ、自己免疫性心筋炎の治療や骨再生、医療機器に対する異物反応への有効性を報告してきました。今回、この技術をすでに臨床で使用されているコラーゲンシートに応用することで、動物モデルにおいて骨と筋肉の治癒が同時に促進されることを明らかにしました。

なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業(21H03833、23K18442)による支援を受けています。

研究の内容

本研究では、産総研と日本特殊陶業が共同開発したPSL修飾コラーゲンシート(以下「P-COL」という)を用いて、骨・筋肉傷害動物モデルで骨と筋肉の治癒を同時に促進させることを目標としました。はじめに、P-COLを同動物モデルの傷害部付近に埋植してPSLの徐放性を評価したところ、およそ2週間徐放されることが分かりました。次に、未修飾のコラーゲンシート(以下「COL」という)とP-COLを傷害部付近に埋植して治癒を1、2、4週間後に評価しました。COLと比較して、いずれの期間においてもP-COLの骨(図1A・B)および筋肉(図1C・D)の治癒面積が大きく、P-COLが骨と筋肉の治癒を同時に促進することが明らかになりました。さらに、標本を免疫染色し、埋植1週間後のマクロファージの数を比較しました。その結果、骨(図2A・B)、筋肉(図2C)どちらにおいても、未埋植およびCOLと比較して、P-COLは治癒を抑制するM1型を減少させ、反対に治癒を促進するM2型を増加させることが明らかとなりました。

図1 非修飾(COL)およびリポソーム修飾コラーゲンシート(P-COL)による組織治癒

(A) 埋植1週間後の骨のマッソントリクローム染色像。青色:骨、アスタリスク:骨欠損部を示す。COLの骨欠損部では骨治癒が認められないが、P-COLでは観察される。(B) 骨治癒の経時変化。縦軸は骨欠損の面積に対する新生骨の面積の割合を示す。(C) 埋植4週間後の筋肉のヘマトキシリン-エオジン染色像。影部:治癒した筋肉、COL:埋植されたコラーゲンシート (D) 治癒筋肉の経時変化。

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。 図2 リポソーム修飾コラーゲンシート(P-COL)によるマクロファージ表現型の操作

(A) 埋植1週間後の骨のマクロファージ免疫染色像。茶色:M1型あるいはM2型マクロファージ、未埋植:骨・筋肉を傷害後にコラーゲンシートを埋植しない陰性対照実験群。(B) 骨のマクロファージの定量結果。(C) 筋肉のマクロファージの定量結果。

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

動物実験で認められた組織治癒とマクロファージ表現型の関係を評価するため、さらなる細胞実験を行いました。まず、M1型およびM2型の分泌因子をそれぞれ回収して分化培地に混合させた培地を準備しました(以下それぞれ「DM + M1-CM」、「DM + M2-CM」という)。前駆骨芽細胞と筋芽細胞を通常培地(陰性対照、以下「NM」という)、分化培地(陽性対照、以下「DM」という)、DM + M1-CMあるいはDM + M2-CM中で培養し、分化を評価しました。DM中で培養した前駆骨芽細胞は、6日目以後に骨様組織(赤色)を形成し、分化が進行していることが分かりました(図3A)。しかし、DM + M1-CMでは、NMと同様に骨様組織は全く観察されませんでした。一方、DM + M2-CMの場合、DMとほとんど同レベルの骨様組織の形成を認めました。次に、筋芽細胞を用いて同様の実験を行ったところ、4日目からDMとDM + M2-CMでは同レベルの筋管形成(緑色)が検出され始め、6日目には筋管形成が増加し、経時的に分化が進行していることが分かりました。しかし、DM + M1-CMではNMと同様に筋管形成が観察されませんでした(図3B)。すなわち、M1型は骨芽細胞と筋芽細胞の分化を著しく阻害しますが、PSLによりM2型にスイッチングするとDMと同レベルまで分化が改善することが明らかとなりました。

図3 マクロファージ分泌因子が細胞分化に与える影響 (A) 骨芽細胞の骨様組織の形成。写真中の赤色:アリザリンレッドで骨様組織を染色、グラフ中の吸光度:骨様組織に結合したアリザリンレッドを溶解し、吸光度により定量した結果。 (B) 筋芽細胞の筋管組織の形成。緑色:筋管マーカー(ミオシン重鎖)、青色:細胞核。

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

以上の結果は、傷害組織において、P-COLはマクロファージ表現型をM2型に偏らせることで、幹細胞あるいは組織前駆細胞の分化を促進し、その結果、骨および筋肉の治癒を促進することを示しています。本研究では、P-COLによりマクロファージ表現型を操作することで、骨と筋肉のように全く異なった臓器の治癒を同時に促進できることを明らかにしました。ほとんどすべての臓器の治癒において、マクロファージ表現型の適切なスイッチングの重要性が明らかになりつつあります。一方、骨軟骨組織や歯周組織(歯槽骨と歯肉などから構成)のように異なった組織から構成される臓器の再生治療はいまだ挑戦的な課題です。本技術は、このような臓器の再生治療にも応用できる可能性があります。

今後の予定

今後、開発した医療用シートの医療材料への応用のため、前臨床試験や生物学的安全性試験を行い、実用化に向けた研究開発を進めていきます。

論文情報

掲載誌:Acta Biomaterialia
論文タイトル:Collagen patches releasing phosphatidylserine liposomes guide M1-to-M2 macrophage polarization and accelerate simultaneous bone and muscle healing
著者:戸井田力、清水勇気、清水栄子、出口友則、土谷享、姜貞勲、北村昌大、加藤敦史、山田嗣人、山口将吾、笠原真二郎
DOI:doi.org/10.1016/j.actbio.2024.08.012


用語解説

成長因子
からだのさまざまな細胞で合成・分泌されるタンパク質の総称で、特定の細胞の増殖や分化を促進する機能を持ちます。この機能を活用し、壊れた組織の治癒や再生を促進する医療(再生治療)への応用を目指した研究が行われています。[参照元へ戻る]
マクロファージ
19世紀に発見された免疫細胞の一種であり、全身の組織に常在し病原体など異物を取り込んで細胞内で消化する機能を持ちます。近年では、マクロファージは細胞としては1種類だけであるものの、炎症性M1型と抗炎症性・組織修復性M2型の相反する少なくとも二つの表現型が存在し、この表現型は周辺環境に応答して可逆的に遷移すると考えられています。[参照元へ戻る]
再生治療
失われた組織や臓器を治癒・再生する治療全般のことです。再生・修復が期待される幹細胞(iPS細胞、間葉系幹細胞など)を投与する細胞治療、あるいは、幹細胞を投与せずに、からだの中に存在する幹細胞を薬(成長因子など)で直接的に活性化したり、幹細胞の周辺環境を整えることで幹細胞を間接的に活性化したりするアプローチ、そしてこれらのコンビネーションを含みます。本研究は、周辺環境を整える戦略です。 [参照元へ戻る]
ホスファチジルセリンリポソーム(PSL)
ホスファチジルセリン(PS)は、われわれの細胞の膜を構成するリン脂質の成分のひとつです。リポソームは小さなカプセルであり、外側にリン脂質のような両親媒性脂質分子(水に溶けやすい親水基と溶けにくい疎水基の両方を持った分子)の二分子膜、その内側に水を含む構造を示します。PSを含むリポソームをホスファチジルセリンリポソームと呼んでいます。[参照元へ戻る]
分化培地
細胞分化とは、前駆細胞や幹細胞が特定の機能を持つ細胞に変化することをいいます。分化培地は、分化を促進する成分を含む培地です。[参照元へ戻る]
通常培地
細胞を分裂して増やすための培地です。[参照元へ戻る]


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